やけ食いは自傷行為の1歩手前!?過食の裏側で働く心理とは

仕事や家庭、学校などでストレスを感じると、過食になったり、やけ食いをしてしまうことはありませんか?

やけ食いをした後、「なんでやけ食いなんてしてしまったんだろう・・・」と自己嫌悪に陥っては、再びやけ食いを繰り返してしまう人も少なくはないでしょう。

実際、やけ食いや過食で自分の首をしめていくうちに、精神的にも追い詰められて泥沼にはまっていってしまうケースを私は見てきました。

どうして自分を苦しめることになるのに、過食ややけ食いに走ってしまうのでしょうか・・・

本記事では、自傷行為の一歩手前ともいえる、やけ食いや過食の裏側に働く心理について考えてみたいと思います。

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 やけ食いをして自分を傷つけることで苦しみから逃れようとしている

やり場のないイライラや不安に駆られた時、衝動買いをしたり、お酒におぼれたりしてストレスを発散することがあるかと思います。また人によっては、物を壊したり、壁を殴ったりすることもあるのではないでしょうか。

程度の差こそあれ、どれも自分を傷つけたり、自分を追い詰めようとする行為には変わりありません。

自分を傷つけてしまうことは、イライラや不安から逃れるための手段です。

自分の苦しみを感じる度に自分の苦しみに対処しようと何かしらの手段で自分を傷つけることが繰り返されます。

そして、人によってはその自分を傷つける手段の1つが「やけ食い」であり、やけ食いは自傷行為の1歩手前の状態、もしくは自傷行為とも考えられる行動といえるのでしょう。

やけ食いが止まらない理由の1つは、自分の苦しみから抜け出せず、苦しみに対処しようとやけ食いを繰り返しているのだと思います。

やけ食いに限らず、自傷行為というのは、自分を傷つけている一方で、自分を救うためにやっていることなのでしょう。

満たされない欲求をやけ食いで満たそうとしている

「誰かしらに認めてもらいたい」「褒めてもらいたい」「賞賛を浴びたい」という気持ち(社会的欲求)は、誰しも思っていること。

たとえば、仕事で失敗したり、周りから非難されたりする時など、自尊心や自己愛が傷つけられた時、「誰かに褒めてもらいたい」「慰めてもらいたい」と思うことはないでしょうか。

このような社会的欲求が満たされない状態が続くと、次第に欲求不満の状態になり、何かしらの方法でその欲求を満たそうとします。

その方法の1つが「食べる」ことです。

食べることは、脳が幸せを感じて、欲求が満たされる瞬間でもあります。やけ食いをすれば、表層的に欲求を満たすことができ、満たされない欲求の穴埋めをすることができます。つまり、やけ食いは満たされない欲求を満たすための代替行為です。

また、ギャンブルに依存してしまうのも同じ心理が働いていると考えられます。

代替行為ではいつまで経っても満たされない欲求を満たすことはできません。

それもそのはず。代替行為は、本質的な不安や怒りに対して目を背けているわけであり、問題の根本的な解決になっておりません。

なので、満たされない欲求をやけ食いという代替行為で満たそうとしても、空しさや自己嫌悪だけ残って、再び欲求を満たそうとやけ食いをして・・・という悪循環にはまる場合も多いのではないでしょうか。

やけ食いは心のSOSサイン!

やけ食いは一種の自傷行為、満たされない欲求を満たすための代替行為と言いましたが、これは見方によっては、心のSOSサインです。

やけ食いをする気持ちの裏側には「苦しみから逃れたい」「助けてほしい」という思いがあり、周りの人への助けを求めているのだと思います。

そして、やけ食いや過食しても、周りからの助けがない、救われない自分の気持ちに気づくと、次はやけ食い以外の手段で自分を守ろうとして、次第に自傷行為の程度が強くなっていきます。

なので、やけ食いはストレス発散だと軽く見るのではなく、助けを求めている心のサインだと自分自身と周りの人が気づいて、やけ食いを防ぐ第一歩となるのではないでしょうか。

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